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遍路のこころ(平成14年度)

(2)四国八十八ヶ所霊場周辺の新四国⑤

 ウ 三角寺奥之院仙龍寺の清瀧新四国

 「清瀧新四国」は、新宮村の北西、銅山川及び国道319号沿いの六十五番三角寺奥之院仙龍寺の裏山にある。「清瀧新四国」には、古くから周辺住民はもとより、四国の他県の団体や広島県からの大師講も定期的に参拝に来ている。

 (ア)清瀧新四国のおこり

 喜代吉榮徳氏の調査によれば、明治時代後期に仙龍寺では、裏山に新四国霊場を開設することを念頭において、山内の清滝への参道の整備を行った。さらに明治45年(1912年)に当時の住職服部覺禅や中務茂兵衛が中心になって新四国霊場の開設を計画して開創にこぎ着け、大正3年(1914年)に記念法会を行っている。この間の事情について仙龍寺境内の記念碑(写真2-2-34)には、「二三篤信のものと相謀り、一八佛恩報謝のため、一者老若男女の輩をして容易二新四國霊場を巡拝せしめ以て普く大師の霊光尓浴せしめんとて、彌々新四國八十八箇の霊場開設を発願し、十方の信者諸彦に對してその本尊の造立を委嘱す。(中略)郡内二十餘ヶ寺の僧侶を屈請し記念法會と共に山内新四國霊場開眼のために庭儀曼荼羅供の大法會を行ふ。(㉙)」と刻まれている。
 更に記念碑の刻文によると、清瀧新四国霊場の開創に貢献した世話人8人の内、4人は地元の村松(現伊予三島市)や金川(現川之江市)の住人で、残りの4人は讃岐・土佐・播磨・播州となっている。本尊石仏の施主は、全体のほぼ半数が川之江市や伊予三島市など地元の人たちで、そのうち、1番と結願の88番の本尊石仏は茂兵衛の信者が寄進したものという。また、これらの施主を地域別に整理すると、北海道(2)、東京(2)、愛知(8)、富山(1)、石川(1)、大阪(8)、兵庫(9)、宮崎(1)、徳島(1)、高知(3)、愛媛(42)、香川(14)の計91人で、その範囲は全国に及んでいる(㉚)。

 (イ)巡拝路

 清瀧新四国は、境内に立つ記念碑から仙人堂を経て、清滝まで参道を登る。その後、玄哲坂の下手を仙龍寺まで戻る参道に本尊石仏が置かれており、約2kmの巡拝路を巡るのに約1時間を要する。
 まず、国道319号から急な坂道を上った境内の左手に、清瀧新四国霊場のしるべ石(写真2-2-35)がある。ここから、急な石段を少し上がると、右手に修行大師の像があり、そこから続く杉林の右側斜面には1番から7番の本尊石仏が祀られている。その間には苔むした屋根の仙人堂、さらに石段を上がると弥勒堂がある。右側斜面に祀られた8番から10番石仏を過ぎて、杉木立の中を17番石仏まで上がるが、12番と16番石仏は岩窟の下に祀られている。
 巡拝路はやがて、左手の砂防ダムの手前で右に曲がり、18番から21番石仏までの急な坂道を上がりきると尾根道に達する。22番から25番までの石仏は、緩い下り坂に点在しており、途中、荒れた山道を通り過ぎると、右上の岩には27番石仏が祀られ、28番から35番までの石仏は自然林の下り坂の左手に点在している。その後、正面に清滝(写真2-2-36)が見えてくるが、36番石仏の祀られたこの滝は高さは30m、幅は5mで、古来、水のかれたことがないといわれており、弘法大師が42歳の時、この滝で心身を清めたとの伝説もあって、今でも修行者の行場となっている。
 滝の周辺は天然の美林で覆われている。ここから小さな沢を渡ると、自然石が敷きつめられた坂道に37番から40番までの石仏が点在し、しばらく進んだモミの大木のある広場には41番石仏が祀られている。このがけ上から、遠方に新宮ダム、真下には仙龍寺通夜堂の屋根を眺めることができる。広場を過ぎてしばらく雑木林の平坦な道を進み、小さな川を渡るとモミの大木にさしかかるが、その間に42番から47番までの石仏が点在している。さらに48番から杉林の中を進み50番を過ぎると、六十五番三角寺から地蔵峠を経て奥之院仙龍寺に到る遍路道と出合う。そこには「奥の院四丁・右清瀧道」の丁石(写真2-2-37)と51番の石仏がある。
 ここからは遍路道を奥之院まで下る。この坂道を52番から53番石仏まで下ってさらに進むと、54番石仏の近くに「奥之院へ三丁」の丁石がある。55番から65番石仏は、つづら折りの下り坂に点在しており、66番石仏の手前には、「大師修行之護摩岩窟 第六拾五番奥之院」の道標があり、遍路道を左下に15mほど下ると、岩穴の中に石仏が祀られている。元の遍路道に戻って、自然林の中の坂道を下ると、67番から72番までの石仏は左手に、73番から78番までの石仏は右手に点在している。79番から84番までの石仏はつづら折りの下り坂道に点在しており、85番石仏の側には「奥之院まで一丁」の丁石が並んで立っていて、この辺りから左下に仙龍寺の通夜堂の屋根を木立の間からかいま見ることができる。さらに急な坂道を下ると、86番から88番の石仏が点在しており、最後の急な長い石段を下りきると仙龍寺境内に達する。

写真2-2-34 仙龍寺境内に立つ記念碑

写真2-2-34 仙龍寺境内に立つ記念碑

最上部が記念碑。平成14年11月撮影

写真2-2-35 清瀧新四国霊場のしるべ石

写真2-2-35 清瀧新四国霊場のしるべ石

手印は上り道を示している。平成14年11月撮影

写真2-2-36 巡拝路のほぼ中間にある清滝

写真2-2-36 巡拝路のほぼ中間にある清滝

行場の滝として知られている。平成14年6月撮影

写真2-2-37 遍路道沿いの51番にある丁石

写真2-2-37 遍路道沿いの51番にある丁石

奥之院と清滝への道を案内している。平成14年6月撮影