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遍路のこころ(平成14年度)

(2)休憩所などの設置活動②

 イ 霊場のトイレの整備

 四国八十八ヶ所を巡拝する人たちにとってトイレの問題は一番気になることである。各札所も近年トイレの整備には力を入れている。遍路巡拝記などのトイレに関する記述と県内3か所の札所や番外霊場のトイレの整備について紹介したい。

 (ア)遍路巡拝記におけるトイレの記述

 加賀山耕一氏は『さあ、巡礼だ』に次のように記している。

   午後3時前の空は雨模様にかわる。どの扉を開けても足の踏み場すらない地獄絵が待ち受ける参拝者用の「便所」を運の
  尽きと諦め、私は順路にある商店や駅を地図で確認してから、ふたたび通りに出た。それにしても各札所の個性や宗教性が
  もっとも端的に現れている場所は、本尊や建築物のたぐいではなく、じつは「便所」である。ほとんどの札所案内やテレビ
  中継が、国宝だの寺の見所来歴に着目するのは当然としても、すべて聖地のごとく扱うとなると、やはり苦しい。もちろん
  一部の札所とはいえ、汲(くみ)取り水洗にかかわらず、ことは汚れの度合いを越えて、問題は山積みなのである。どっこい
  遍路の責任も大きい。まだ余裕ある私は我慢するとして、本尊が何だろうと、札所がどんな仏法を説こうと、便所を見れば
  すべてわかる。とはばかりながら私はそう断言したいほどであった(⑧)。

 兵庫県三木市の松浦昌溥氏は、月刊新聞『へんろ第222号』に、「へんろ道トイレ考」として次のように投稿している。

   岡山県の知人から山陽新聞の切抜きを同封した便りを頂いた。徳島県阿南市に完成した遍路休憩小屋の落成を報じた記
  事である。岡山県の新聞が阿南市の遍路小屋に注目していることに驚いた。「衣食足りて礼節を知る」というが、徒歩遍
  路はトイレを忘れては歩けない。車社会の今日、四国霊場を車で30分も走ればトイレに困ることはない。1日に30キロし
  か歩けない徒歩遍路はトイレの在処を意識する。同じ遍路でも女性の方がより切実である。平成10年5月、36番青龍寺を
  打ち終え宇佐大橋を渡る。ここから宿泊所「ホテルグリンピア横波三里」まで10数キロの間トイレ休憩が1回あった。そ
  こには簡易トイレが1基設置されていた。25人の女性が用を足すには30分以上かかる。不自由、不便は修業と心得ている
  人達だから不満を口にする人は一人も居なかったが、気になる場面ではあった。類似する場所は他にもある。四国の道休憩
  所のトイレか、休憩小屋を設置して欲しい場所である。高知県大方町から中村市への途中に運動公園がある。立派なトイレ
  があったが、汚れがひどく使用できなかった。いくら立派なトイレを作っても、使用する側が汚しては役に立たない。使用
  者のマナーの問題であるが、汚れたトイレを掃除して歩いている遍路氏もいる。四万十川大橋の手前で盛大なトイレ接待を
  頂いた。3基の移動式簡易トイレが用意されていた。仲間に中村市出身の女性遍路が居たのである。最近、テレビ報道を見
  て驚いた。富士山の世界遺産登録が見送られたという。登山者の無数の使用済みトイレ紙が帯状に重なり、景観を損ねてい
  ると云う。山小屋のトイレも近代化されている。従来は排泄物を地中に埋めていたが、下流域の汚染を防ぐため、タンクに
  集めてヘリで麓に運んでいる。登山者の排泄物を厳重に規制して、持ち帰る規則を作った国もある。世論は環境汚染にも厳
  しくなった(⑨)。

 (イ)トイレ整備への思い

 東予、中予、南予地域の各1か所からトイレの整備にかかわる人々の思いを聞いた。

   a 深井戸を掘って

 五十八番仙遊寺は、玉川町大字別所作礼山(されいさん)の海抜約300mに位置し、水の確保には様々な苦労があった。仙遊寺住職**さん(昭和25年生まれ)にトイレ改修について話を聞いた。
 「私は平成元年に住職になり、平成3年に、男性用、女性用、身障者用トイレ(中に温水シャワー設置)を水洗に改修しました。女性用には、擬音の乙姫も水節約のために設置しています(写真3-1-11)。
 私は、昭和53年(1978年)にこのお寺に来ました。このお寺は、見ての通り山寺ですので水がありませんでした。生活用水もぎりぎりの状態でした。トイレは当時、八十八ヶ所のお寺の中でも最悪の状態ではなかったかと思います。月夜の晩、私の仕事は肥えくみが仕事でした。そのような生活が10年続きました。トイレをどうするかはこのお寺にとって大きな課題でした。もう一つ自分が住職になっての課題は水を確保することでした。水がなければ何も出来ません。水を確保するために200mほどの深井戸を掘ると水脈にあたりました。水が何とか確保できそうなのでトイレを水洗にしました。平成3年のことです。しかし完成させるのは大変でした。水洗トイレには大きな合併処理槽が必要ですし、貯水タンクも設置しなくてはなりません。また、平地の排水溝まで2kmもの排水用の配管をしなくてはなりませんでした。本堂を建築するほどの費用がかかりました。
 私は、このお寺のように山寺であればあるほどトイレは一番大切な場所であるという思いがあります。またそこは修行の場所でもあると思っています。皆さんはトイレのことを、不浄とかご不浄とか言われて嫌っています。しかし、京都のお寺などではトイレの位置を東司と書いてあるところがあると思います。そういう呼び方をするのも、それこそ衣・食・住すべてが修行の場であるという考えからです。仙遊寺のトイレはたまたま西の端に位置していますので、トイレに「西浄」と書いて掲げています。
 私はこのトイレをお堂として建築したつもりです。お堂ですから仏様をお祭りしています。この卜イレが出来てから、今治市新谷(にや)の泉荘という養護老人ホームの所長さんと職員、入所者の方に毎月1回トイレの清掃に来ていただいております。床まできれいにふいていただいており、ありがたいことで、そのお勤めは大切にしなければなりません。また、身障者用のトイレについては、利用される方は年間わずかですが、年老いて足が悪くなりお参りをあきらめるわびしさを思ったら、このようなトイレもあったらよいのではと思っています。身障者用トイレは利用される機会が少ないですから、普段は歩き遍路の方のために温水シャワーを併設しています。このシャワーは歩く人たちに本当に喜んでもらっています。トイレにそんなに費用をかけないでもとの意見もありますが、目線を変えて、このトイレもお堂の一つであると思えば当然ではないでしょうか。」

   b バイオトイレ

 愛媛県上浮穴郡美川村七鳥(ななとり)にある四十五番岩屋寺は、標高650mに位置し、ふもとの駐車場から本堂までは急こう配の約800m、約200段以上の階段がある。当然、水の確保も困難を極め、昭和37年(1962年)改築のトイレは、過去20年近くくみ取りが行われず、訪れる参拝客からも敬遠されていた。トイレに頭を悩ませていた**住職が、富士山頂でバイオトイレの実証実験が成功したことを知り、環境への配慮にもつながるバイオトイレの導入を決めた(写真3-1-12)。このトイレは、便槽内でふん尿をかき回すと、腸内細菌が有機物を酸化分解し肥料化する、環境に優しい21世紀型トイレである。トイレの外観はログハウス調で、個室内の便器は一般の洋式トイレと同じだが、便槽内に約250ℓのおがくずがあり、使用後電動スクリューが回転してふん尿をかくはんする。おがくずは一定回数の使用をめどに交換が必要であるが、肥料としてそのまま利用可能である。岩屋寺住職の**さん(昭和12年生まれ)にバイオトイレについて聞いた。
 「2001年12月にバイオトイレの導入に踏み切りました。ごらんの通りの山寺で、水が豊富にありません。排せつ物の処理もしなくてはなりませんが、このような山の中にありますから処理する車両も入ることが出来ません。この山は自然公園に指定されていますから、山中に捨てるなどとんでもないことです。水洗トイレについても検討をしました。しかし、自然公園の中ですので新しい施設を建設するには厳しい規制があり、水の問題もありましたのであきらめました。
 そのようなときに、たまたま新聞記事で富士山頂でのバイオトイレの実証実験が成功したことを目にしました。その会社に出向き、話を聞き実行に移しました。現在のところ順調に作動しています。以前よりずっと清潔感があって参拝者は気持ちよく使用されていると思います。最近はどの霊場の住職さんもトイレの件については気を遣われていると思います。トイレは多くの方が使用されます。やはりご自分の家の気持ちで使用していただければありかたいと思います。自分より後に使用される方があることを考えて使用していただきたいと思います。巡拝される方の道徳をもっと高めてほしいと思うことがあります。」

   c ボランティアでトイレ清掃

 東宇和郡宇和町の四十三番明石寺から上浮穴郡久万町の四十四番大宝寺への途中、大洲市に番外霊場十夜ヶ橋がある。その十夜ヶ橋永徳寺のトイレを**さん(大正3年生まれ)がボランティアで毎日のように清掃しており、その様子を**さんに聞いた。
 「十夜ヶ橋のトイレが平成10年に移転新築されてから、毎日朝6時ごろに大洲市新谷小貝(にいやおがい)の自宅から自転車で来てトイレの清掃をしています。多くの方がお参りに来られるので皆さんに迷惑を掛けてはいけませんから、利用者の少ない早朝に来て掃除をしています。私自身以前は病弱でしたが、お大師様の夢を見て以来、身体も元気になり一層信心深くなりました。また、毎日お参りに来たついでにトイレの清掃をすることで一層元気になったと思います。お参りに来られる方々や通夜堂に宿泊されているお遍路さんに喜んでいただけることが何よりもうれしく思います。これからも自分の身体の元気な間は続けていくつもりです。」
 永徳寺の副住職**さん(昭和46年生まれ)はトイレについて次のように話している。
 「このトイレは、高速道路の工事に伴い、通夜堂、トイレを改築する用地が確保され、通夜堂を移転新築するのに伴い、その東隣に旧来のトイレを新築移転したものです。水洗化はされていませんが、男性用4、女性用4、内一つは足の悪い人のために洋式になっています。完成は平成10年の11月でした。処理についてはお寺が業者に委託しています。**さんが毎日のように来ていただいて清潔にしてもらっているので助かります。朝が早いので心配ですがいつまでもお元気でいてほしいものです。」

写真3-1-11 仙遊寺のトイレ

写真3-1-11 仙遊寺のトイレ

玉川町大字別所。平成14年9月撮影

写真3-1-12 岩屋寺のバイオトイレ

写真3-1-12 岩屋寺のバイオトイレ

美川村七鳥。平成14年10月撮影