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えひめ、その住まいとくらし(平成17年度)

(1)木の文化

 住まいそのものの建て方、すなわち建築様式は、気候風土の影響を最も大きく受けている。わが国は東アジアのモンスーン気候帯に属し、毎年梅雨に入る6月ころから台風の来襲する9月ころまでは、蒸し暑い日々が続く。この蒸し暑い日々をどう回避するかが、住まいの建築様式を決定してきた。それは、鎌倉期に活躍した吉田兼好が『徒然草』の中で、「家の造りやうは夏を旨(むね)とすべし。冬は如何(いか)なる所にも住まる。あつき頃、わろき住居(すまい)はたへがたき事なり(㉒)」と記したように、古来から日本人が求めてきたものを一言で表現すれば「開放性の高い建築様式」であった。そのために西欧の建築のように堅牢(けんろう)な外壁を用いて、重い屋根を支える構造の住まいではなく、「壁」を必要最小限にとどめ、「柱」と「梁(はり)」を構造の主体として屋根を支える建築様式を採用したのである。そして、地面からの湿気が上がってこないように高い位置に床を張る高床式の建築様式を採用したのである。さらに、各部屋のしきりに「壁」を用いず、襖(ふすま)や障子といった移動可能な建具を採用し、その移動によって住まいの内部の開放性を維持してきたのである。こうやって成立した開放性の高い住まいは、温暖な西日本ばかりでなく、寒冷な東北地方や冷涼な山間部にも普及している。
 開放性の高い住まいに用いられた素材は、いうまでもなく木材である。世界各地の住まいは、それぞれの気候風土に合った、そして入手しやすい素材を用いて建てられているが、わが国では豊富な森林資源を背景に建築素材に木材が多用された。そして、まさしく適材適所の言葉通り、その種類と性質に応じて使い分けられ、住まいの各部位に用いられてきた。例えば屋根を垂直に支える構造材である柱には、たてからの荷重に強いヒノキ、スギ、ツガなどが用いられ、同じく屋根をささえる梁材には、曲げに強いアカマツ、カラマツが用いられた。そして住まいの土台部分の根太(ねだ)材には、湿気に強いヒノキ、ヒバ、クリが用いられるというように、木材の性質が十分に考慮されてきたのである(㉓)。さらに、長押(なげし)、鴨居(かもい)、敷居、欄間(らんま)といった内部の造作(ぞうさく)には、スギやヒノキのほかに、ケヤキやヤマザクラをはじめとして木目や色合いの美しいさまざまな木材が用いられ、視覚的な美しさを楽しむ余地も生まれたのである。
 木造建築物の寿命は、世界最古の木造建築である法隆寺のように適切な補修を繰り返すことによって1,400年以上の長さを保つことさえ可能となっているが、木材を用いた個人の住まいは、どれほどの耐久性を持ちえていたのであろうか。今日でこそ木造住宅の耐用年数はかつての時代と比べると極めて短くなったといわれるが、昭和36年(1961年)に行われた(*1)愛媛県の農村住宅調査(㉓)から、農村住宅の建築後の経過年数をみてみると、100年以上前に建築されたものが全体の10%を占め、さらに50~99年以前に建築されたものは約33%を占めており、両方を合わせると4割を超えていることがわかる。もちろん、住まいを建てた大工職人たちの技術の高さも考慮しなければならないが、適材適所に木材が用いられた住まいが、いかに丈夫なものであったかを知ることができる。
 木材を住まいに用いる効果は、耐用性ばかりではない。木材を多用した住まいには、木の持つ特性がさまざまに発揮されている。木材には蒸し暑い夏を心地よくさせる調湿作用があることが知られている。調湿作用とは、空気中の水分を吸収し、湿度が低いときには水分を放出するという作用のことであり、例えば10.5cm角のスギの柱1本には、ビール大瓶(633mℓ)の0.5~1本分の調湿作用があるといわれている(㉓)。そのため、木材を住まいの内装などにたくさん用いれば、湿度の変動が小さく、室内の快適さは向上する。また、『木材工業ハンドブック』によると、木材は無数の細胞でできており、その細胞一つ一つに熱を伝えにくい空気が含まれるため、熱の伝導が緩やかで断熱性が高くなる。また、衝撃が加わっても細胞が変形しクッションの役割を果たすので、転倒などの衝撃も和らげることができる。この他にも目に有害な紫外線を吸収するため、木材から反射される光にはほとんど紫外線が含まれず、目にやさしいといった効果もある。さらに、適度に音を吸収し、やさしい音に調整する機能もある。そして、人間の病気の原因となる細菌、カビ、ダニの繁殖を抑制する成分を内部に含んでいることから、人間の健康を守る力も持っているのである(㉕)。
 近年、木造住宅は耐火性や建築コストの高さ、またそれに代わる鉄筋コンクリート造りや鉄骨造りのプレハブ住宅の登場などといった様々な要因によって、全国的にみても減少傾向が続いている。総務省の調査によると、愛媛県の総住宅数に占める木造住宅の割合は昭和48年(1973年)には91.2%を占めていたが、平成15年(2003年)には70.2%に低下している。逆に非木造住宅(鉄筋・鉄骨コンクリート造)は、8.8%から、29.8%に増加しており、住宅の非木造化が進んでいることがわかる(⑪)(図表序-14参照)。しかし、平成15年の調査結果から、一戸建住宅に限ってその構造をみると、木造住宅の割合は91.2%(全国平均は92.9%(㉖))という極めて高いもので、相変わらず木造住宅への人気が根強いものであることがわかる。また、内閣府が昭和51年以降継続して実施している調査(㉗)によると、今後住宅を新築したり、購入したりする場合にどんな住宅を選びたいかという問いに対し、「木造住宅(昔から日本にある在来工法のもの)」と「木造住宅(ツーバイフォー工法などの在来工法以外のもの)」と答えた者の割合を見ると、継続して木造指向が8割を超える高い傾向を示していることがわかる。
 このようなことから、日本の気候風土の中で形成された木造住宅の文化は今後とも日本の住宅の基本型の一つとして受け継がれていくものと考えられる。


*1 昭和36年7月に愛媛県の建築課が県内10か所の農村を選び(都市近郊2、平坦部5、山間部2、島しょ部1)、それぞ
  れ15戸ずつ、合計150戸の農家を調査した。

図表序-14 住宅の非木造化の傾向

図表序-14 住宅の非木造化の傾向

愛媛県統計課提供資料から作成。