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わがふるさとと愛媛学Ⅳ ~平成8年度 愛媛学セミナー集録~

◇遺産を守り、活用していくために

 この5年間、もう何万人という方との出会いがありました。お礼のお便りをたくさんいただきますが、どの方も、宇和町の素晴らしさに感動されて「宇和町の歴史も素晴らしいが、町で出会った人たちも、大変素晴らしかった。大変優しかった。」と、おっしゃられます。とてもうれしいことです。
 先日は、昔の学校の表札が残っていたとおっしゃる町の方たちが、開明学校をまねた教室を復元して町おこしをしようと見学にみえました。宇和町の歴史の説明などをしますと、大変驚かれて、「宇和町はたくさん物があるじゃないですか。私たち、看板だけですよ。宇和町は恐ろしい所ですね。」とおっしゃいました。私は、たくさん物がある宇和町よりも、たった一枚の看板で町づくりを考えていらっしゃるその町のほうが、もっとはるかに恐ろしく感じました。物が豊富で、裕福な上にあぐらをかいていたら、他の市町村に乗っ取られてしまうのではないかと思います。
 周りの評価は非常に高いのに、町の人たちは割に無関心で、知らない人が多いような気がします。申義堂や開明学校が建ったいきさつ、また、なぜこんな田舎町にこんなモダンな校舎が建ったのか、そして代々の校舎群も、なぜ移築してまで残されているのか、宇和町の歴史をほんの少しひもといただけで、見学者は驚かれ、納得されます。この町には建物だけではなく、そこに代々受け継がれている歴史があります。歴史上のロマンがあります。私たちはもっと誇りを持ってもいいのではないでしょうか。
 昨年の町民セミナーでは文化庁伝統文化課長の河野愛先生に御講演をいただきました。先生は宇和町の御出身ですが、内子町の町の雰囲気が好きで、近くへ来ると必ず立ち寄るんだとおっしゃいました。宇和町を愛した先生が、あえてそうおっしゃったのは、私たち町民に、もっと奮起して欲しかったのではないかと思います。
 重要文化財の指定を受けるのは、建物があるから、物があるからという物主義ではなく、町の雰囲気を大切にしていくこと、そこに住んでいる人たちの熱意なのだということをおっしゃったと思います。私とは7歳ほどしか違わない愛先生でしたが、今はもうこの世にはいらっしゃいません。「こんな素晴らしい町なのに、ふるさとの人たちよ、もっと頑張れ。」と、私には愛先生が今もそう言ってエールを贈り続けていただいているような気がしてなりません。
 さて、ではこの歴史的遺産を守り、活用していくためにはどうしたら良いかということです。教育資料については、まだまだ細かい作業を残しておりますが、今後は写本やレプリカを作って、実際に手に取って見ていただいたり、読んでいただいたり、また、研究もしていただけるようにすればいいと思います。
 教室では掛け図を使った模擬授業が好評をいただいておりますが、ボランティアガイドの先生も、オルガンを弾いたりして、音楽の授業などしていただいて、活用していただいていると思います。
 次に、この開明学校と中町、それから商店街をどう結び付けるかということです。卯之町には代々の道が並行して通っております。江戸から明治の道である中町通りには、やはりそのころの建物で、団子茶屋であるとか、お食事処などを造ってみてはいかがでしょうか。それから創作館活動のできる民家があれば、体験学習の申し込みもあることでしょう。
 昭和の道である商店街通りは、表のほうだけ昭和の町並みに統一していただいたり、それから看板を桧にそろえたり、掲げる場所や大きさを決めるとかして、その店独自のデザインにすると、また看板を見て歩くお客さんもできると思います。
 見て歩くだけではさっぱり売れませんので、宇和町に行くと、あれがあるじゃないか、これがあるのだという魅力ある商品を置かなくてはいけません。農家のたんすに眠っているような、昔の古着であるとか、今話題の古布を売る店があってもいいと思います。これは愛媛新聞の支局長さんのアイデアなのですが、それぞれの店が、店の一角にお土産品のコーナーを作って、掛け図の壁掛けであるとか、テレホンカードなど、何か一品ずつ置いてみてはどうか、というのです。天保の絵図のハンカチ、開明学校のペーパークラフトや貯金箱など、そういったものを置くと、店を回るお客さんの楽しみができるのでは、ということでした。
 とにかく、お客さんが立ち止まる、魅力ある町にしなくてはいけません。「教育の町」というより、「来た人が主体性をもって実際に学べる町」というほうが、魅力があると思います。
 また、せっかく宇和町は、埋蔵文化財の宝庫でもあるのですから、例えば、岩木の一角に縄文時代が体験できるような竪穴式住居などを造り、そこで実際に発掘もでき、土器に触れたり、土器づくりもでき、さらに宿泊もできるというような場を造れば、学校単位で利用してもらえるのではないかと思います。
 出土品の展示室や収納庫、作業室、学習室までを備えた建物を建てて、歴博の学芸員さんにも御協力いただいて、宇和へ行けば、太古から明治、昭和までの勉強ができると言われるような、そんな「学べる町」になればいいと思います。
 町づくりは人づくり、とよく言われます。まず、私たちの町の歴史を知ろうと努めること、知っている人は教えてあげること、そして、自分たちの町に誇りを持つこと、それが本当の文化の継承ではないかと思います。
 これは、2日前にいただいたお礼状です。「あなたの真剣な講義に感銘を受けました。宇和町の歴史の伝導者としての使命感に燃えておられること、とても美しく偉大と感じました。」と書いていただいております。まだまだ勉強不足ですが、少しでも自分の町に誇りを持つことができれば、それが情熱となり、人を感動させることができるのではないかと思います。
 これからも、開明学校で、皆さんと御一緒に頑張らせていただきたいと思います。
 町の内外を問わず、どうぞ皆さんの情熱で、いつの日か開明学校が、名実ともに、国の宝物となりますことを、お祈りいたします。
 どうもありがとうございました。