データベース『えひめの記憶』

えひめの記憶 キーワード検索

わがふるさとと愛媛学Ⅴ ~平成9年度 愛媛学セミナー集録~

◇過去から学ぶ

 今日(のセミナー)は、ほとんどの時間が歴史の話ですが、これは非常に大切なことだと思います。日常の生活の中で、我々がどう進んで良いのか分からない、あるいは、政治や経済が不透明でとにかく先が見えないという中で、歴史をひもとくと、なんとなく行く先が見えてくる。ああ、過去がこうであれば、今を受け持っている我々はこう行くべきかなというのが見えるような、私は、気がします。それが歴史をひもとく大きな意義かなという気がします。まさに「温故知新」というか、古きをたずねて新しきを知るです。
 次に、石の、皆様に知られていない部分、本当は分かっているんですけれども、そういうことを少し。
 たとえば、石のスピーカーボックスを作ると、音響が非常にいいんです。その代表的なのが、昔のギリシアの神殿です。どの神殿、劇場も、電気も音響もないころに劇ができたというのは、石の劇場だからということなんです。このように石の質の部分で、音響効果が出せるという石の知られていない部分があります。そんなことで、うちの会社の人口のところにも石で電話ボックスを作りました。その電話ボックスで話すと、普通に話すんですが、相手さんには良く聞こえるというメリットがあります。
 それからもう一つ、石には水を浄化する作用があります。これはまだまだ研究というところまではいってないですけれど、我々の現場の中で、汚れ水の中に、バーナーの粉が飛び散ると、真っ青なきれいな水になって行くということがあります。神戸の灘に酒屋さんが多いのは、灘御影(みかげ)という、御影石の言葉の発祥地である石の産地があり、それの麓(ふもと)で水が浄化されるからだと、まあ、そんなふうなことを思ったりもしますけれども。
 私、石屋の役割ということなども、地場産業の方面からも考えて、これからどうあるべきかなというふうなことを思うんです。平成11年には橋がかかり、いわゆる21世紀もすぐそこに来ておりますけど、我々、若かろうとお年寄りであろうと、今の時代をどういう形で受け持って、そして、来るべき日をどう迎えるかということが一番大切なことじゃないか。そのために歴史をひもといたりしているんだと思います。今日のこのセミナーも、狙(ねら)いはその辺りにあるんじゃないかと考えているんですけど。できれば、そうしたことについて、コーディネーターの方に、こうあったらいいんじゃないでしょうかというお話をしてもらえるとありがたいな。ただ一般的な、石屋としてこうです、婦人会としてこうですということも大切なことなんですけれど、そこらの話までいくと、私にとってはありがたいなと思います。
 私が今、皆さんの貴重な時間をいただいて話していることは、別に大したことではなくて、石は長持ちしますという、これはだれが考えても当たり前の話なんです。だから、今さら石屋の私が言わなければならないことでもない。
 とは思うんですけれども、これも私の人生の中で、11年ほど前に死ぬかもわからない思いをしましたが、そのときに、本当に大切なことというのは、本当はだれにでも分かることじゃないかなということに気がついたわけです。というのが、病気をしまして、死ぬかもわからないという中で、良寛ですか、「散る桜、残る桜も散る桜」という言葉に出会いました。それが私にとっては、そのとき40歳でしたけれども、ああ皆死ぬんか、若かろうと、年寄りだろうと、それは当たり前のことなんですけれども、皆死ぬんやなということを気づかせてくれたわけです。それまでは、死ぬのは自分じゃない、他人なんやというように思っていましたけれど、私は、そのとき、まあ大げさですけれども、皆死ぬんやという当たり前のことが腹の中で分かったわけです。
 じゃあ、どう生きたらいいんだろうか。それであるならば、残された命をどう生きるべきかなということを思いました。単純なことやけど、自分は死ぬけれど、石って長持ちするんやなと、そのことが本当に分かってこそ、石屋としてしっかりした仕事せないかんのやなという気になりました。だから、今日、私が言っていることは、当たり前のことなんですけれども、宮窪というのはどういう所なのかな、大島というのはどういう所なのかなという、当たり前のことを当たり前のように知ることによって、じゃあ、時代を受け持つ我々が、今、何をしたらいいんだろうかというようなことが、漠然とではあるけれども、分かってくるんじゃないかなと。私も偉そうなことは、言えと言われても言えませんので、当たり前のことを当たり前に、そして当たり前のことがどれほど大切かということを、お話したいと、そんなふうに思っております。
 先行きが見えないとか、なんとかっていうのも、案外単純なことを掘り起こし、過去を知ってみると、今、自分がしないといけないことがなんとなく分かるのではないでしょうか。そんなふうに皆さんも思いませんか、と私は言いたいんです。
 今、我々民間は、行政に対して、たとえば、町長さんや町会議員さんに対して、何々をしてくれ、あるいは、何をしてくれたんやというふうに、望むことばかりですが、実際は、我々が、私は、僕は何ができるのかということを考える方が大切で、それぞれ立場、立場で自分は何をしたらいいのかということを考えるべきだと、私は思います。人が何をしてくれるかというよりは、自分が何をするか、何ができるかと。
 このあと、お話する矢野(久志)さんが、矢野さんは「水軍ふるさと会」というのを10年前につくられたわけですが、本当にいい手本だなと思っています。行政から、「矢野さん、皆さん集めてやってください。」と言われたわけではない。この会は、自分たちで何とかやってみようという10人から始まったそうですけれども、そのことが、宮窪だけでなく、隣の町まで、あるいは、広島県の方まで動かす。私は、水軍ふるさと会は、本当に我々が何をしたらいいのかということの、いい見本かなと思っています。それぞれの立場で発想したことを、10年かけてやってこられて、その結果が、今大変な実績になっている、本当にいい手本だなと、矢野さんを尊敬しております。ということで、私の話、この辺で終わらせていただきます。