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わがふるさとと愛媛学Ⅴ ~平成9年度 愛媛学セミナー集録~

◇景観形成への参加

 それでは、どのようにしたら、美しい景観の形成に参加できるのかということを、スライドでお話したいと思います。
 写真1のように、お墓の中に生えている木が、やはり特別な意味を持つというのは、気持ちとして分かりますね。これがもし自分のところのお墓だとしたら、この木をさっと切るのは、ちょっとばかり勇気がいるでしょう。これはやはり先祖のことを考えているからですね。
 写真2は嵐山(京都市)です。季節は春で、いろいろな花が咲いています。これが秋になると紅葉します。この嵐山が日本の自然の一つの極端なのです。何が極端かと言うと、柳田国男が書いている言葉で言いますと、瀬戸内海を船で旅をすると、どの島も単なる黒い緑だけで楽しくはない。やはりそこに、人々は花の木を植えたり、紅葉する木を植えることによって、旅人の心を楽しませた。嵐山はいつも植林をしてきた人工の山の典型です。そして、実は私たちは、自然の山に手を加えることによって楽しく過ごしてきたのです。
 写真3は、先程の嵐山での「十三参り」の場面です。中央の女の子、年齢は13ですが、女の子がこれで成人になる一つの儀式です。その子が、左側の法輪寺から嵐山へ向かって、渡月橋を渡っています。この子が、何かを我慢しているように見えませんか。それは、この橋を渡っている時に、この子は後ろを振り向いてはいけないのです。もし振り向いたら、一生、とんでもないことになるという言い伝えがある。それで、お母さんが、横に心配してついて、この子が振り向かないように努力しているのです。男の子などは、わざと振り向かせようと、悪さをしたりすることもあります。こういうセッティングは楽しいでしょう?
 これは一つの風景をつくっている。つまり、ある季節の、場所は渡月橋で、女の子が成人するための儀式を行うという、人々の風景ができている。単なる自然だけではなくて、人間も含めた場を全体としてつくっている。とても面白いと思います。私が勤務する大学の女子学生に十三参りに行ったことがあるかどうか聞きますと、けっこう手を挙げる学生が多いのです。やっぱり、一生のいろんな思い出の中の大きな一つになっている。風景がそういう思い出を作っていくということです。
 写真4は、朝日新聞に連載されている「ののちゃん」(平成9年7月8日付け)です。木に「登ってはいけません。校長」と書いた札がつるしてあります。こんなものがあったら、かえって、「何を今さら登っちゃいけないんだ」と言うので、子供たちがよいしょ、よいしょと登ってみると、校長先生がパンツーつで裸になって、涼んでたということなのです。これは当然だと思うのです。登ってはいけませんと言ったら、子供は登るもの。そのことを前提にすべきだと思います。
 写真5は、場所は長浜市(滋賀県)です。川ヘゴミを捨てないように、みんなの川を美しくしましょう。これはいいですね。ここまでいくと、一つの知恵が出てきたかなと思いますね。
 写真6は、水神様と書いてあるのですが、これがはってある所に、小便はできませんよ。男の方は御経験があるかと思いますが、飲み屋に行って、もよおした時に、これがあるとねえ。これは、どういうわけか腹が立ちませんし、蹴(け)飛ばせないですよ。相手に腹を立てさせないで、かつ小便もさせないという、これが「親親の知恵」というものです。
 写真7は水洗い場です。琵琶湖周辺をずっと歩いていまして教わったのですが、私どもは、あちこちに神様がいるのはアニミズムだと理解をしていました。ところが、どうも違っているようです。それは、こういう水洗い場があって、石の水神様や地蔵がありますと、人々の対応が違うのです。
 写真8は、炊事の場面です。菜っぱなどを洗います。そしたら、くずができるでしょう。だれかが、急用ができてそれをそのままにして帰ったら、隣のおばあさんが「まあまあ、水神さんの前で。」と、替わりにきれいに掃除をする。それでそのおばあさんも、いやな感じは持っていない。「自分は、水神さんの前を汚したらいかんと思うからしてるだけ。」というので、そのままにして帰った人に対しては、怒らないのです。こういう、お地蔵さんとか水神様のあるところは、急がないときは、自分自身で、本当に米の一粒まできれいに掃除するのです。これを、「汚すの禁止」というような文章をバーンとはってあったら、米粒一つまでという発想にはなりません。あるいは、他の人が汚したものについては、自分は関係ないからと言って、よそまではきれいにしないのです。こうした工夫が、さっきの講の工夫などとつながってくるものです。こうして環境を美しく保っているのです。
 写真9も、水神様の前なのですが、本当にきれいにしてあります。これは、強制されてではなくて、人々が自ら進んで、こういうことをしてしまうのです。
 それでは、結論に入りたいと思います。民俗学というのは、郷土学です。各地域の人々こそが、それぞれの地元のことについて詳しいわけで、私どもの仕事は、そういう詳しい人から教えてもらっているだけなのです。そういう地元の学問ですから、だれでも気楽に参加できるものなのです。これは、例えば古文書も読めなくてもいい。人と話ができたら、そして、それが面白いねえと思えたらいいという、そういう学問です。日本は、東アジア全体でもそうですが、自然と人間とのコミュニケーションをたいへん大事にしてきた国です。コミュニケーションという言葉が使われるのはなぜかというと、自然にも人格を認めている、つまり、精神があるという発想に我々は立っています。これには証拠はありません。考え方の問題なのです。たとえば、エコロジーというのは、西ヨーロッパの思想です。この論理は、意識的、無意識的に限らず、自然を、リザベーションエリア(保護区)という方法で守ろうとします。自然を人間の社会から切り離して保護するという発想ですね。私たちは、こういう発想はとりません。私たちは、いつも自然と入れ子状になりながらくらしてきた。ですから、自然とどのようにコミュニケーションをするかということが大事なのです。そして、私たちが、今、駄目になってきているのは、自然に対する人格を認めなくなってしまった、自然にも独立した精神があるという気持ちがなくなってしまったことなのです。自然に対する礼節、礼儀ですね。自然に対しては礼儀作法があって、それをきちんと守らないといけない。人間たちが生きていくために。もちろん自然の中のイノシシは、イノシシとして生きていくため、サンショウウオは、サンショウウオとして生きていくために、自然の中でどうしていったらいいか決まっている。基本的には、やはり、自然に対して礼儀作法を忘れてはいけない。環境民俗学の立場から見てきて、結局、私たちが分かったことは、一言で言うと礼節論なのです。これを私たちは、少し前まではきちんと実行していたのに、今では忘れてしまった。
 「人間と人間との礼儀作法を忘れた」ということはしばしば聞かれますが、実は自然との礼儀作法までも忘れてしまっているということに、なかなか我々は気づかなかったわけです。この自然に対する礼儀作法ということが、今後、教育の場での問題として、そして自分自身に対しても考えてゆく必要があるのではないかというように思います。