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わがふるさとと愛媛学Ⅵ ~平成10年度 愛媛学セミナー集録~

◇川の健康診断

森下
 森下です。よろしくお願いいたします。
 今日のタイトルに「自然」というふうに書いてありますけれども、自然というのが健康かどうか、というお話をしていこうと思います。
 まず、小田川という川が、何があったら健康なのでしょうか。我々でしたら、朝起きた時に、寝不足で目が重たくても、なにか冷たい空気に触れたり、いいことがあるようでしたら、御飯がたくさん食べられます。そして、朝御飯をきっちりと食べることができると、なにか健康だなっていう気がします。そのように、川の中が健康かどうかというのを、どうして見たらいいのでしょうか。この小田川がきれいかどうかというのは、上から見たら分かります。でも、その小田川が健康かどうかというのは、ちょっと分かりません。川に聞いてみても、返事は返ってきません。それで、この小田川が健康かどうかを、どう見たら良いかを考えてみたいと思います。
 まず、日本には、海の水ではなくて川の水である淡水が育てている魚が、180種類ぐらいいます。河口のほうでは、海との間に、もう少しいるのですが、だいたい180種類ぐらいいます。180種類を覚えるのは、そう難しくないのですが、日本でこの180種類をきっちりと知っている人は、あまりおりません。その180種の魚を分けますと、3つに分けられます。
 それぞれの魚の一生を人の生活に例えてお話しましょう。一番左の列に書いてあるのは、淡水魚180種類の内の3分の1の代表なのですが、海から山に、山から海に大きく行き来する魚で、家庭ですと、お父さんみたいな魚です。真ん中の列に書いてあるのは、川から田んぼに行ったり、川から用水路に行ったり、田んぼから川に来たりという横の動きをする魚で、子供のようにあまり遠くには行かないけれども、毎日学校と家を行ったり来たりするような行動をします。そして、一番右の列に書いてあるのは、あまり大きく動かないで300mとか1kmとか、そのあたりを行き来する魚で、家庭にいるお母さんのような魚だと思ってください。
 このように、淡水魚の中には、お父さんのように山から海に、というように遠い所に出て行く魚と、子供のように少し動くけれども、学校ぐらいまでというタイプの魚と、お母さんのように、家庭の中であまり動かないでお仕事をするタイプの魚の3つに分かれます。その3種類の魚が、ちゃんとその川にいれば、その川は健康であると、ひとまず評価しましょう。いろいろなタイプの魚がいるというのは、仕事も違い、年齢も違い、性別も違うような人たちが一緒にいることと同じで、そのようなことを含めて生態系を考えながら人と生物の共生をこれから目指していきます。
 1種類のものだけでは、社会は成り立ちません。お父さんだけでも、子供たちだけでも、お母さんだけでも社会は成り立たないのです。それぞれが皆役割を分担しながら、そこにいるということが健康な社会というふうに、私は見ております。
 そうしますと小田川も、そういう3つのタイプの魚がいると、健康なのだということです。
 例えば、川の上流のほうで農業用水に全部水を取ってしまって、川が切れたりしますと、真ん中の列に書いてあるナマズが卵を生めなくなるのです。ナマズは洪水がやって来ますと、自分のお腹の中にたくさん砂を食べて、体が流されないように重たくなって、そしてノソノソと田んぼの中に入って行きます。その田んぼの中には、農業に従事される方の草取りをした足跡がついており、そこにナマズは卵を生みます。ドジョウもそうですけれども、お百姓さんが田んぼに入らなくなりますと、田んぼはあるのだけれども、そういった魚が卵を生まなくなります。変ですが、そういうことがあるのです。
 それから左の列に書いている魚の中には、自分で卵を育てなくて、よその魚に育ててもらうようなものもおります。また、海から山のほうに行くにしても、堰(せき)があったりして海と山とがつながっておりませんと、行き来できません。そういうことで、大きなダムができたりすると、そこで絶えてしまいます。
 このように川がどれくらい健康かどうかということは、その川にお父さんの役割をする魚と、お母さんの役割をする魚と、子供の役割をする魚が、ちゃんといるかどうかで判断をしていきますが、そのちゃんといるための一番大きな条件は、その川の中に、浅いところと深いところが必ずあることです。魚が川の中を行き来するには、魚では腹から背中までの厚さを体高(たいこう)と言いますが、この体高の3倍の深さが必要なのです。だから、水がサラサラ流れていて、きれいな水だなあと人が好む川でも、水深の浅い所には魚がいなくなります。さらに、魚に自分の子供をつくって、そこに住み込もうというふうな決心をさせるためには、頭のてっぺんからしっぽの先まで、これを体長といいますが、それぞれの魚の体長の3倍の水の深さがないといけないのです。それよりも浅いと、魚はどこかに逃げて行ってしまいます。
 川に魚がいて欲しいとお考えになっている方は、まず川に出ていただいて、川がどれくらい深さがあるか調べてください。そうすると、ここにはどれぐらい大きな魚がすめるかということが分かります。
 私たち人間が、御飯を食べて、テレビを見て、そこでお仕事もしてということをするのには、どれぐらいの面積が欲しいですか。守谷先生、あなたはどれぐらいのお部屋だったら一人で住めますか。

守谷
 まあ、6畳くらいでしょうか。

森下
 6畳ですか、いいところです。人間一人が御飯を食べて、そこで本を読んだり、寝たりするためには、人間の背丈が1間(約1.82m)ぐらいで畳1畳ぐらいの大きさですから、それのだいたい3倍の3畳×3畳の大きさがあると、比較的安心してそこで生活ができます。
 魚もそれと同じです。例えば、体長が20~30cmあるアユが、空の上から鳥に襲われますと、慌てて逃げないといけませんが、急に逃げて助かるためには、深さがだいたい自分の体長の3倍ぐらい必要なのです。そうすると川の深さというのは、ずいぶん魚にとって大事なことになります。ですから、その川にそういった深みがどれくらいあるかで、その川がどれぐらい健康かどうかが分かります。
 今言いましたように、お父さんのタイプとお母さんのタイプと子供のタイプの役割をする魚たちがいる川をつくってください。そして、そのためには、川には浅い所ばかりではなくて、深い所もいるということを分かって下さい。そういうことが、川の健康の大切な指標になるのです。その後で、水質の問題だとか、護岸の問題などが、出てくるのです。
 次に必要なのは石です。五十崎町の小田川にすんでいる魚は、石の表面や、石の近所に卵を生むものが多いので、川から石がなくなったらすめない魚がいっぱい出てきます。また、石はただあるだけでなく、石の裏面にちゃんと空間があるということが大切なのです。
 ですから、セメントでぴっちりとつけて、石を動かないようにしてしまうと、そこは魚にとっては全く不毛な所になるのです。魚は卵を生めませんから、いなくなります。ちなみに申し上げておきますと、日本の魚の3分の1は石の裏側に卵を生み、3分の1は石の回りに卵を生み、3分の1は水草とか泥などに卵を生みます。
 日本の川にいっぱい魚がいるのは、日本の魚たちが、およそ6,000年の間、人間と仲良く生きてきて、日本の川と仲良くすんできた結果なのです。ですから、地方が過疎化をしていって、人が川に入らなくなりますと、自然がいっぱい残ったように見えますけれども、実は人が川に入らないということは石が動かないということで、石が動かないということは、石の下に泥がたまってるということで、それは、魚がすめなくなるということなのです。そうすると、人がいなくなることは自然にとっていいというふうに誰もが思いますけれども、実は日本の魚にとっては、それは困ったなあということになるのです。陸上では人がいなくなった所には、アブラムシ(ゴキブリ)もネズミもおりませんけれども、川の中でも魚が減ってしまうということを、御理解していただきたいと思います。
 中学生や婦人会の方々がこれから小田川が健康かどうかを調べる時には、お母さんの役割と、子供の役割と、お父さんの役割をする魚がどれくらいいるかということを手掛かりにして下さい。