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わがふるさとと愛媛学Ⅶ ~平成11年度 愛媛学セミナー集録~

◇はじめに

小西
 御紹介いただきました小西でございます。よろしくお願いいたします。
 わたしは、昭和29年(1954年)に、ここ伊予郡砥部(とべ)町で生まれ、砥部小学校と砥部中学校で学びました。現在は、お隣の松山市に住んでおりますが、町内に両親や兄がおりますので、砥部町にはしょっちゅう帰って来ております。
 御紹介にもありましたが、わたしの趣味は俳句です。数年前に、『ペリカンと駱駝』という句集を出しました。100句程度の句集ですが、その中に「ふるさとの坂ペリカンと出会うなり」という句があります。この句集の中で「ふるさと」という言葉を使ったのはこの句だけですが、句集を出した後、わたしの俳句を「ふるさと」をキーワードとして分析してくれた方がありました。それまでわたしは、俳句を作る際に、ふるさとというものには自覚的にはかかわっていなかったのですが、その方の分析を読んでから、ふるさとをテーマとして意識するようになってきました。もちろん、わたしが俳句の中で詠んでいるふるさととは、架空のもので現実には存在しません。しかし、その原風景は、この砥部町の自然や人情であることは間違いないと思います。そして、その原風景、すなわち、わたしらしさの一番基底にあるものをもっとよく知りたいということで、砥部町のことに興味を持ち始めております。
 外から眺めますと、砥部町は豊かな自然と優れた文化に恵まれていると思います。しかし、「灯台下暗し」ということわざがありますように、自分が砥部に住んでいた間は、そのすばらしさに十分気付くことなく過ごしていたと言っていいと思います。今考えますと、非常に残念です。つまり、地元の方々にとっては当たり前のことでも、町外の者から見れば驚かされることやすばらしいことが一杯あるのではないかと思うのです。そうしたすばらしさを発見することによって、自分が砥部に住んでいて良かった、あるいは砥部にかかわっていて良かったと思う。そして、砥部に住むことに自信や誇りが持てるようになる。わたしは、これがまさに「愛媛学」ではないかと思います。愛媛学とは、決して難しいことではなく、だれでもが気軽に取り組める、身近な地域学習と考えていただければいい。例えば、わたしの場合ですと、自分のアイデンティティと言いますか、原風景の確認のために、もう一度砥部町のことを調べてみる。それが愛媛学であろうと考えます。
 本日は、国立民族学博物館教授の石森秀三先生が、『「観光ルネッサンス」の時代』というテーマでお話しくださいます。石森先生がこれからのお話の中で使われる「観光」という言葉は、もしかすると、わたしたちが一般的に考える観光とは異なるのかも知れませんが、大局的な見地から地域を見直す意味について御講演をいただきます。その後、少し焦点を絞りまして、わたしが上浮穴(かみうけな)郡小田(おだ)町の県立高等学校に勤務をしておりましたとき、そこで学んだことをお話しして、地域学を考える布石としたいと思います。それでは、石森先生、よろしくお願いします。