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愛媛の技と匠(平成9年度)

(2)泡の芸術家

 **さん(松山市道後喜多町 昭和31年生まれ 41歳)
 **さん(松山市上市    昭和21年生まれ 51歳)
 日本では、昔から麴菌の糖化能力と酵母菌を使いアルコールをつくってきたが、西洋では、すでに約5,000年前のエジプトで麦芽の中に含まれる糖化酵素と酵母菌を使って、「液体のパン」といわれるビールがつくられてきた。
 日本でビールを最初につくったのは、安政元年(1854年)江戸幕府の蘭学者川本幸民といわれているが、日本人による本格的な製造は明治5年(1872年)大阪の渋谷庄三郎により始められ、多くの製造所が生まれ、その後の複雑な統合・廃業を経て現在の大手5社(キリンビール、アサヒビール、サッポロビール、サントリー、オリオンビール)になっている。しかし、平成6年の政府による製造条件の規制緩和により、各地に小規模ビール工場(地ビール工場)が出現することとなり、現在(平成9年)81事業所となっている。県下でも、現在3事業所(丹原町、西条市、松山市)で地ビールがつくられている。

 ア グルメ時代を迎えて

 (ア)老舗蔵元のビールづくり

 日本酒の生産量はビールの需要の増加に伴い競合することになるが、明治28年(1895年)創業の老舗日本酒醸造元がビール製造に着手することになった経緯を**さんに聞いた。
 「ビールをやろうと思ったのは、製造を始める2、3年前からです。ビールがはやりだからというんではなく、たまたまそこにビールがあったんです。」
 平成6年の規制緩和以降、全国各地に地ビールが誕生しました。ひそかに期するところがあって見学に出かけてみると、ビールをつくることによって街自体に活気が出ている、それを目の当たりにして、道後活性の起爆剤はこれだと確信しました。
 道後温泉は、温泉本館を中心に地域の旅館と商店街とが共存しあって歩んできたことで他の温泉地に見られなくなってきた観光客が浴衣で歩ける温泉情緒を残しているといわれる。その中にあって、**さんも道後温泉全体の活性化と今後の酒づくりについての問題を、一企業としてでなく昔から培われてきた共存共栄の精神で検討していた。
 **さんには「湯あがりビール」という言葉がひらめいたという。この湯あがりビールのコンセプトによって、道後温泉の伝統・文化と地ビールという斬新な事業が結びつくことに気づいたのである。それは、ビールの持つドイツ風や欧米スタイルのイメージにとらわれることなく、道後温泉のビールということで和風仕立てでつくることができるということだ(⑧)。
 「ビールづくりは、うちにいるスタッフと一緒になって勉強して始めたんです。機械も試行錯誤しながらプラント業者とともにつくっていったんです。
 通常、ビールの醸造免許を取るには、事業計画などを詳しく記した書類を国税局に提出して内免許を取り、本免許を申請するんです。わたしのところでは、昨年(平成8年)5月に内免許を取り、6月には本免許(本免許を取って、3年過ぎないと永久免許にはならない)を取って、県下で3番目に地ビール製造ができるようになりました。これも、道後地域の皆さんのおかげです。
 ビールをつくるにあたっては、少し不安もあったんですが、この地ビールを始めることによって道後地域はもちろん、松山の皆さんが、こんなに盛り上がっていただいて、やって本当によかったなと思っています。
 ビール酵母は、いろいろ取り寄せて試した結果、今使っているドイツからのものに行き着いたんですが、現段階でもある意味で試行錯誤しているんです。ホップの量や、麦芽の煮る時間にしても、すこしずつ変えています。というのも、今よりもう一つ違う新しいビールにならないかなという、まあ、自分たちの勉強ですから。ですから、1年前の製造し始めたときのうちのビールの味と、今現在飲んでいるビールの味は同じかというと、味というのはなかなか記憶に残りませんので何ともいえませんが、かなり違うと思います。より皆さんに喜んでいただけるように、材料の配合具合なんかも変えていますのでね。そのあたりが、地ビールのよさかもしれないですね。
 発酵タンクには、暖房と冷房の装置を付けていますが、主に冷房装置のみの作動です。ビール工房は、もとのお酒の精米所(広さ約165m²)なので、壁一つ横に酒蔵があるんです。コストをなるべくかけないようにと思って始めましたので、あるものを利用したんです。」

 (イ)ビールのこと

 **さんにビールに関することを聞いた。
 「ビールの発酵酵母には、2種類ありまして、発酵がおさまり始めるころになると液の表面に浮きやすい性質のものを上面発酵酵母といい、沈みやすい性質のものを下面発酵酵母といいます。うちは上面発酵ですが、大手は下面発酵がほとんどです。どういう違いがあるかといいますと、上面発酵ビールは常温(15~20℃)で3、4日でだいたい発酵がおさまり、その後1、2週間熟成させ比較的早くできるんですが、下面発酵ビールは、低温(5~10℃)で5~7日の発酵の後、ほとんど0℃に近い温度で冷蔵に近い形で3週間から3か月熟成が必要なんです。そして、早くできるということは味の変化も早いということですから、大手のビールが1週間やそこいらで変わったら、全国を流通していますから大変なことになりますので、下面発酵にせざるを得ないんです。逆に、うちのビールが1週間以上工場にあまっていると困ります。下面発酵のほうが均一化したビールができやすいんですけれど、設備的にも3週間から3か月貯蔵するということはそれだけ貯蔵タンクの数がたくさんいり設備にたくさん投資しなくてはいけなくなるんです。設備的に投資が少ない方法が上面発酵ではないかと思います。だから、地ビールメーカーは、100%に近いといっていいと思いますが、上面発酵が多いですね。
 ビールは、1日1日香りが消えていくので、地ビールのように早く出せるということは、新鮮さが特徴で香りで勝負できるということです。ですから、その香りが消えてしまうまでが、賞味期限なんです。また、火入れは煮沸釜の時だけですから、瓶詰めしてもまだ常温ですと発酵が止まらないので、賞味期限は要冷蔵で1週間なんです。うちの場合は、酵母は最終ろ過してないんですよ。だから、酵母が入ったままですので多少濁っているんですよ。酵母がいるということでは、コップの中でもまだ発酵している状態と同じということです。機械からコップに注いだときが、うまさ100%です。非常に扱いにくい商品ですね、まるで鮮魚みたいなもんです。」
 日本のビール文化は、旧来の酒税法(最低製造数量基準が年間2,000kℓ)によって大手のビールメーカーによる大量製造に適したピルスナー(ホップの香りと苦みがきいてそう快感がある。)に限られていた。しかし、世界的にみるとビールの種類はたくさんあり、発酵の方法やビールの色等によって分類されている。
 「現在うちでつくっているビールは、2種類あります。最初は淡色ビールでケルシュ(香味がはなやかで、苦みを押えて飲みやすい。)一本でやっていたんですが、今年(平成9年)の1月から濃色ビールのアルト(独特の香りと苦みが特長で、すっきりとしている。)を追加したんです。種類は、10も20も増やすつもりはなくて、自分たちが考えたものを少しずつ増やしていこうかなと思っています。
 同じ酵母菌を使っても、原料(麦芽)の種類やホップの種類や量の違いによってビールのタイプが違ってきます。また、ホップの量や入れる時期などを仕込みごとに少しずつ変えていますので、仕込みごとに記録(醸造記録)を取っています。そういう意味では毎日が、いまでも勉強ですよ。」
 
 (ウ)ビールをつくって

 ビール工場の工場長である**さんにビールづくりについて聞いた。
 「うちのプラントは、先発の地ビール会社を参考に、国産のプラント業者に発注してつくりましたので、純国産です。そこに研修に行って、繰り返し同じことを習ってきて、同じ仕込みをしてもそれぞれ味が違うんです。やはり、水からして違うからなんでしょうね。ここの水は、硬度がかなり高いんですが、昔からお酒づくりに使っていた水を使っています。今も、冷却水や酒づくりや製氷などに使っていますので、水が命です。井戸水といっても地下水をきれいにろ過し、紫外線殺菌した後軟化装置で調整して仕込水として使っていますので高価な滅菌水です。」
 名酒づくりにおいて、酵母菌などの微生物の成育に必要なミネラル分が多い水(硬度の高い水)の存在は不可欠である。ビールづくりにおいても、硬度の高い水は麦汁のpHをあげる(アルカリ性を高める)ためホップの苦みを出しやすく、逆にpHが低いとホップの香りがよくつくというように水質の違いにより多様な特徴を示す(⑦)。
 「まず、実際に仕込むまでには、配管のラインも研修したのとは全く違いますので、最初はお湯を通して何度となく湯水の移動を繰り返しました。初めてビールができたときは『習いに行った所のビールよりいい香りがある。』とスタッフ皆にいわれて、たいへんうれしく思いました。そのケルシュタイプのビールは、平成8年の温泉夏祭りに試飲で出したんですが、おいしいと一躍人気になりました。
 ビールを発酵させる前の原液(モルト)をつくるのに工程が四つあるので、うちはその工程ごとにタンクを四つ並べたんですが、ここがうちの特徴であるとともに各メーカーで全部違うんです(写真1-2-21参照)。大手は、大きな直径の釜が二つ並んでいることが多いんです。それぞれ釜の中が2階建てになっており、一つは上で仕込んで下でろ過する、もう一つは上で煮込んで下で遠心分離するというふうになっていて、半分くらいから下は床下に隠してあって、釜の上の部分しか見えてないんですよ。大きなダクト(配管)が天井に向かってぼんと抜けていますので、詳しい配管のようすなんかはお客に見えないようにしています。あまりにも大きすぎてたとえ配管が見えても分からないでしょうが、うちは自分たちが仕事のしやすいようにつくったプラントですので、見てくれは悪いし、タンクからタンクへの配管の部分はロスなんですが、戻し間違いがないので失敗は少ないんです。ただ注意しないといけないのは、パイプラインの空け締めを決して間違えないということですね。何十か所もあるラインのバルブを1か所でも違えると、過程を1つとばしてしまうことになりますので、大変です。だれがやるにしても、確認しながらパイプラインを空け締めしています。」
 以下、工程の順に話をまとめてみた。

   a 仕込み釜(糖化液づくり)

 「糖化液づくりはビールの仕込み工程のスタートであり、これからつくるビールにもっともあう麦汁を得るための重要な工程です。基本的には、お湯に麦芽を入れて含まれる酵素とデンプンやタンパク質を抽出し、酵素の働きによりデンプンの糖化とタンパク質の分解を行わせることです。しかし、麦芽に含まれる酵素の種類は多く、またそれぞれ活発に働くことのできる温度の範囲が異なるため、何℃で何分間ぐらいどの酵素を働かせるか、温度と時間の経過を上手にコントロールしなければならないため緊張する作業でもあります。しかも、このコントロールはコンピュータ管理で単純に温度と時間を守ればいいというだけではなく、仕込み担当の者の知識・経験からくる勘と判断力も必要としています。
 麦芽(モルト)は、麦(大麦)を水に浸し水分を吸収させ発芽させ、実に含まれる貯蔵物質を分解する酵素を活性化させたものを、乾燥により一時的に成長を止めたものです。この麦芽には、ビールづくりの中心的な酵素をたくさん含んだベースモルト(80℃の温風で乾燥したもの)と色や香りや味をきかせるスペシャリティーモルト(100℃以上で乾燥したもの)があり、うちでは、ベースモルトとして主にカナダ産の淡色麦芽を、スペシャリティーモルトとしてカラメル麦芽を使っていますが、すべて大手メーカーより粉砕したものを仕入れています。
 うちの糖化液づくりは、その淡色麦芽やカラメル麦芽を入れたものに、お湯(約50℃)をいれて3時間ほど仕込み釜で処理すると、麦芽に含まれるデンプン質(多糖類)が糖化されて甘い麦芽糖(2糖類)に変化し、それを抽出しています。ただ、糖化の方法には、麦芽液全体を一定の温度で処理するインフュージョン方式と、麦芽液の一部を煮だしそれをもとの麦芽液に戻すことを何度か行うデコクション方式があり、これは仕込むビールの種類によって使い分けられます。
 うちでつくるアルトタイプは、カラメル麦芽の量が多いんです。ケルシュでもカラメル麦芽はいれますが、微量です。カラメル麦芽を入れることによって色と香りが濃くなるんです。」

   b ろ過機

 「糖化したものを、ろ過機に入れて一番搾りを搾りきるのに4、5時間くらいかかります。ここが、仕込みの中で一番時間がかかるんです。
 まず、糖化液を入れるときろ過機の中の下の方にあるろ板という網の上に麦芽の粗い目のものがくるように、ろ板の面位置までお湯を張っておきます。そして、30分くらいかけて少しずつふわっと静止沈殿層(フィルターベッド)をつくってから、糖化した液を流し込んでじわっとしみこませるように、静止沈殿させるんです。上には、粗い殼とかタンパク質分か浮いているんです。そのときこのフィルターベッドが平らに均質にできていることが大切なんで、糖化液の量を入れるのを調節しながら入れていきます。ある程度時間がたってろ過器の下のバルブを開くと、湯気の立つ薄い黄金色に透き通った麦汁が出てきはじめます。また、ろ過液の糖度・比重・pH値をみながら、釜の中を温水シャワーによって麦汁の洗い流しや成分の調整も行います。1回の糖化液は1kℓ仕込みなんですが、二番搾りはうちでは使っていないので得られる麦汁は最終的に約970ℓぐらいで、後は配管のなかに残る欠減(けつげん)です。
 ろ過された麦汁は次の工程に流れていきますが、麦汁を取った後の麦芽かすは、養豚などの飼料として分けています。また、その麦芽かすを取り除いてタンクの中をきれいにするのはなかなか大変なんですが大切な作業で、タンクの中に入ってよく洗うんです。いい加減な洗浄だと、腐敗菌が繁殖して腐ったキャベツのようなにおいがしてきます。保健所からも時々検査のために急に来るんですが、やはりこのにおいを気をつけてかいでいますよ。」

   c 煮沸釜

 「煮沸釜に入れられた麦汁はホップを入れ、100℃で1時間炊きあげて香りと苦みをつけるんです。これは、殺菌作用も兼ねています。また、煮ることによって、糖度も増すんです。そして、糖度を十分に出し均一化しないと、酵母が麦汁に含まれている糖分を食べて、アルコールと炭酸ガスに分解できないんです。
 煮沸釜は、二重になっていまして、中に蒸気の通じるパイプがあり、その蒸気の温度ではいった麦汁を順に温度を上げていき、100℃にするんです。
 ホップには、主に香り付けをするホップと苦み付けに用いるホップがあり、ホップの量を工夫することによってビールの特徴も出てくるんです。
 うちは3種類のホップを使い分けしていますが、すべて、フード式(ペレット)で購入していますので、計量も簡単にできます。ここでは、ホップをおさえめにしていますので、特徴といえばあまり苦くはしてないんです。ホップの量を多くすれば苦いビールになりますし、種類をかえれば、また違った香りにもなります。煮沸麦汁も、糖度・比重・pHを計って記録します。」

   d ワールプール(遠心分離機)

 「ワールプールという遠心分離機では、煮沸麦汁を少しずつ角度の違った二つのノズルから勢いよく噴出し渦巻状の流れをつくり、遠心分離の作用でホップや熱凝固したタンパク質がその回転の中央にくるようになっています。そして、ワールプールの中の渦の下には真ん中が少し高くなった大きなお盆があって、渦の回転が静止するとその上にタンパク質などの浮遊物がたまるようになっています。移し始めて、静止するまでに約45分かかりますが、ワールプールでホップかすや熱凝固したタンパク質などを取り除いた麦汁を取ります。」
 
   e 発酵タンク

 「こういうふうにして得られた麦汁を、熱交換器(1℃の冷却水の間接的接触による冷却)を通して、100℃から15℃に一気に冷却しながら発酵タンクに入れていきます。そのときに、酵母菌の増殖のために飽和状態になるまで殺菌した酸素を入れてやります。その中に、お湯に溶かして活性を付けた酵母汁を入れて一次発酵させるんです。ここまでの工程が12時間かかりますが、いつもその時間内で仕上げる必要があるんです(写真1-2-23参照)。
 発酵タンクに入れて1日目は、酵母の増殖があります。2日目くらいになると、発酵を始めます。使っているビール酵母は1種類の上面発酵酵母で、20℃常温で発酵させますが、いろんな味の違いが出てきます。6日目で温度を15℃に少し下げてやり、あと1日間発酵させます。こうしてできたのを若ビールといいます。発酵タンクのある部屋は見学者も入れない無菌室なんです。
 発酵タンクに入れて7日目の朝にプレッシャータンクという別のタンクに入れ換え、約0℃の低温で3日間じっくり二次発酵させ、まろやかな味のビールに熟成させよすが、9日目には9時間炭酸ガスを強制的に入れて浸透させてやります。」

   f 出荷

 「仕込みから製品出荷までに約10日かかりますので、効率よく作業できるよううまくローテーションさせています。例えば、火曜日に仕込んだものは、10日目にあたる次の週の木曜日の朝に、樽詰めとその日の仕込み作業を並行して行います。そして、空いた発酵タンクや仕込み装置や樽は、金曜日に1日かけて、直接中に入って隅から隅まできれいに洗い、その後充分に消毒し、殺菌水で洗い流し翌日の土曜日の仕込みに備えるというようにしています。とにかく清潔にしてないとだめですね。最近発酵タンクも増設しましたので、毎日の仕込みも可能になりました。夏季は、1週間に5、6回仕込みます。
 ビールの出荷は主にケグというステンレス製15ℓ入りの樽を使っていますが、仕込みの日の午前中に仕込み作業と並行して、注入用機械で圧力を掛けて注入しています。
 将来的にも、瓶に詰めて全国へ大きく流通という気持ちは少なくて、この地域に根づいたものという延長ですから、道後の観光土産として売るぐらいのつもりではじめてますので1ℓ瓶で販売しています。瓶の形(円錐形)は、お土産的な要素からはいっていますので、少し変わったアンティックなものを選んだんです。たいへん評判がいいみたいですね。最初は、リサイクル用に、瓶を持ってきていただいたら、その瓶に詰め変えていたんですけれど、瓶がきれいに洗えていないと、泡が出たりしますので、今は、新しく入れているものと取り替えています。ただ、最近近くの地域の方が毎日自宅で飲むのには1ℓは多すぎるからというので、平成10年内には小瓶(300ccぐらい)を出す準備はしています。」
 
 イ 観光と地ビール

 (ア)地ビールのおいしい飲み方

 日本もビール文化圏に入りつつあるが、ビールの楽しみ方を**さんに聞いた。
 「ドイツなどビールの盛んな地域にいきますと、日本酒の地酒以上に地ビールというのは庶民的ですし、年間60kℓという日本のような規制もないですから、農家の倉庫でつくって、ご近所で飲んでもらうという感じです。『煙突の影が、あたるところあたりを地ビールという』ぐらい、日本でいえば、『味噌(みそ)汁がさめない距離』といった感覚であって、それぐらい庶民的であり種類もたくさんありますので、ビールの特性を知っておいて、楽しんだらいいと思いますよ。例えば、温泉にあうビールというのは、のど越しもよくて香りがあって、こくがあるビールだと思います。その一つの象徴が『湯あがりビール』です。
 日本の切れのいいナショナルブランドのビールは冷たく冷やしてのど越しで飲むという、のどに当たる炭酸の刺激を楽しむというようなビールで、いわゆる清涼飲料水の延長で飲むという感覚です。しかし、地ビールはだいたい舌で味わい香りを楽しむ、酒でいう吟醸酒のような感覚なんです。たくさん飲むというよりも、一口二口味を楽しむものなんです。ですから、本来は7℃くらいであまり冷たくしないで飲んでいただきたいものなんですけれども、昨年(平成8年)の夏に初めて出荷したときに、お客さんから『もっと、冷やしてほしい。ぬるすぎる。』という要望が多くて、本意ではありませんが、現段階では4、5℃くらいに冷やして出しています。
 また、グラスもジョッキで飲んでいただいていますが、本来はブランディーグラスのようなもので香りを味わいながら飲んでもらいたいんです。例えばアルトタイプのビールは、グラスのなかに半分ぐらいいれて、回転させ混ぜながら上がってくる香りを鼻でかぎながら飲むということなんですが、そこまで、理想をお客さんに要求するのがはたしていいのかどうか、それはお客さんが決めることですので、押しつけがましいことはできませんし、湯あがりビールという感覚で、冷やしてぐっと飲んでもらっています。アルコール飲料全体にいえることですが、飲むグラスや器によって味わいが変わってきますので、グラスを楽しむということも大切だと思います。
 ビールをおいしく入れるこつは、空気を入れないように、ゆっくりと流し込むような感じで入れることです。そして、きめの細かい泡ですね。実際ビールは、大きなケグという丸いステンレスの樽に入っているんですが、圧力をかけて入れている状態なので、外から炭酸ガスの圧力をかけてやらないと中のビールは出てこないんです。炭酸ガスはもともとビールに入っていますから影響ないんです。また、ガスの圧力を調整しておかないと、上手に泡は出ません。ビールの液の部分と泡の部分は別々に入れた方がいいんです。細い管でゆっくりだしてやるとクリームを積んだような泡をつくることもできるんです。また、泡の割合は、液体と泡の比率が7対3もしくは8対2であるのが理想といわれていますが、泡が上にのることによって、炭酸ガスやアルコールが抜けないという意味もあります。
 グラスもあまり冷やしすぎない温度で保存していたものを使うというのがいいのではないかと思いますが、温度が高いと、泡もたちやすく粒も大きくなります。
 うちのビールは、無ろ過で最終的に火入れしておりませんのでグラスに酵母が生きたまま入っています。それで、ビール自体が濁っているんです。泡も、酵母が中にはいっていますので、非常にきめが細かいんです。
 注ぐ機械もよく洗ってないと、酵母が残ったりすると、酸味が強くなったりします。
 料理は何が合うかというと、ここまでビールが広がってきますと、何にでも合うんじゃないかと思いますが、昔はビールのつまみとしてハム(薫製した肉)と生の大根を食べていたといわれていますので、そのあたりが基本かもしれません。
 ビールはアルコールがもともと5%程度と低いもんですから、変に手を加えてもあまり意味がないんです。ただ、ビールが飲めない女性のために、グレープフルーツやオレンジやミントをいれたりしたビールカクテルのようなものも現在出したりしています。例えば、トマトジュースで割るレッドアイとかあります。
 ビールは、日本人の感覚でいうとお酒ですが、ヨーロッパの方では、薬という感覚もあるんです。適量でしたら、アルコールは新陳代謝を活発にしますから、薬ですね。また、ビールは飲むだけじゃなくて、料理にも使います。
 わたしどもは、地ビールを、いろんな意味で麦でつくった日本酒の延長と考えていますので、酵母だって、ビール酵母にこだわることなくて、日本酒の酵母を使ってもいいし、ワインの酵母を使ってもいいんじゃないかと思っています。実際に、ワイン酵母を使ってバナナのような甘い香りを持つ地ビールをつくっているところもありました。酵母によって香りが違ってきます。」

 (イ)地ビールの意義

 道後観光の変化などについて酒類販売の観点から**さんに聞いた。
 「道後に来る観光客は、大人数で移動するようなものは次第に少なくなって、家族連れや少人数の旅行に変わってきたんじゃないですかね。そのためかどうか、日本酒の消費量は以前と比べると減りましたね。というのも、団体で来ますと、飲む飲まない関係なしにお酒は出るでしょう、それが家族で来ますと、お父さんがちびちびと1合飲んだら終わりですから、量としては出なくなってきたわけですね。しかし、家族連れで温泉に入り、ゆったりとした旅に変化していくのは本来の姿でしょう。
 旅行の形態も(長期)滞在型というのか、道後に2泊して、1日目は道後周辺の観光をして、2日目は交通の便が良くなってきたので南予や東予の方面に車や電車で行き、夜は道後で宿泊するというお客さんも増えてきたようです。また、女性2、3人での観光旅行というのもよく見かけます。旅行といっても女性が昼間から日本酒を飲むということは少ないですが、ビールでしたらあまり抵抗はないようでして飲まれていますよ。工場見学の際に、口にしたビールをじっくり味わいたいというお客が多いのには、心よりうれしく思いました。
 地ビールをやることになって、ビールの安定した販売先としてどうしてもブルーパブ(*9)の開業も必要だったんです。しかし、これはわたしどもの大事なお客様である地元の旅館やホテルと競合することになるんです。ところが、地元の旅館やホテルの経営者の方たちから、『自分のところでつくったものなのだから、自分の店をつくったらええよ。』といってもらっただけでなく、道後温泉旅館組合や地元の方々に全面的に協力もしていただきまして、本社隣と道後温泉本館の近くにブルーパブをつくることができました。そこでは、客の半数近くが浴衣をきた観光客の方たちで、今までの道後温泉の飲食店とは、異質なものです(写真1-2-25参照)。
 また、そこで販売するビールも観光地にふさわしいネーミングをということで、赤いアルトタイプをマドンナビール、淡色のケルシュタイプを坊っちゃんビールとしました。また、ビールのグラスも最初は砥部焼で計画していたんですが、泡をいれるのに陶器だと分からないので、結局ガラスのグラスにしたんです。極力、地元の素材は使っていこうと思っています。
 ブルーパブでは、ビール以外にビール製造でつくる麦汁に氷とレモンを入れて出したり、暖かいものにショウガを入れて飴(あめ)湯としても出しています。製造元が直接やっていますので、考えたことがすぐ現実にできるという強みがあり、ターゲットを絞って商品化ができます。
 今後は、この地ビールのイメージを生かして、日本酒にもう一度フィードバックして新しい試みをしようと思っています。また、日本酒の他のメーカーも日本酒の伝統を残すために、地ビールの製造に取り組んで欲しいとも思いますし、協力もしたいと思います。
 この地ビールは、小さな一歩ですが、地域にとっても会社にとってもやって本当によかったなと思っています。道後は、松山の顔であり、愛媛の顔でもあるわけですから、もっともっとよくなることによって、愛媛の観光客の数ももっと増えることを祈っています。」
 地ビール事業で大切な要素の一つにローカルプライド(地域の誇り)ということがよくいわれるが、道後地区での地ビール事業はまさに新たなローカルプライドを地域に植えつけ、地域活性化の一つのモデルとなっているようだ。


*9:ビール工場のことをブルワリーと呼び、そこでビールをつくって飲ませるパブレストランのことを、ブルワリーレストラ
  ンまたはブルーパブという。

写真1-2-21 仕込みの工程ごとに並ぶ4つのタンク

写真1-2-21 仕込みの工程ごとに並ぶ4つのタンク

手前から仕込み釜、ろ過機、煮沸釜、ワールプールとなっている。平成9年11月撮影

写真1-2-23 ワールプールから発酵タンクへの移送

写真1-2-23 ワールプールから発酵タンクへの移送

左側のワールプールでできた麦汁をその下の小さな冷却機を通して、右側の発酵タンクにパイプラインによって移送する。平成9年11月撮影

写真1-2-25 道後温泉本館前

写真1-2-25 道後温泉本館前

架橋時代をにらんで、平成9年度から本館の浴室の改装工事中である。平成10年2月撮影