データベース『えひめの記憶』

えひめの記憶 キーワード検索

愛媛の技と匠(平成9年度)

(2)超精密加工に光る技

 **さん(松山市南吉田町 昭和13年生まれ 59歳)
 **さん(松山市南吉田町 昭和28年生まれ 44歳)
 松山市南吉田町に、県内で唯一、合成繊維の紡糸ノズルの製造を手掛けている会社がある。筒状の、先の細い孔(あな)から液体や気体を噴出させる装置のことを一般的にノズルと呼ぶが、紡糸ノズルとは、溶けている原料を空気中に押し出して繊維の形状にする時に用いられる口金のことである。
 紡糸ノズルの製造に長年携わっている**さんと**さんに、話をうかがった。

 ア 天然繊維を目指して

 「まず、合成繊維について概略を話します。繊維は大きく天然繊維と化学繊維の二つに分けられます。そして、合成繊維は、化学繊維の内の一つで、天然には存在しない、人間が作り出した繊維のことをいい、例えばナイロン・テトロン・アクリル(*5)などがこれにあたります。できるだけ天然繊維に似せようと開発されてきましたので、ナイロンは絹に、テトロンは綿に、またアクリルは羊毛に近い性質をもっています。
 次に、合成繊維を紡糸する工程について話します。工程は、大別すると、溶融紡糸、乾式紡糸(*6)、湿式紡糸(*7)の三つで、この内一般的にとられているものは、溶融紡糸です(図表4-2-3参照)。ポリマーチップ(*8)を加熱して溶かしたもの(ポリマー)が、ノズルを通過する時に繊維状に形成されるのですが、このノズルに、直径0.01mm単位の孔がいくつか開いています。この孔を口金孔といいます。その形状は多種多様で、その違いによって作られる糸の断面の形状が異なってきます。例えば、縦横十文字に五つの孔を開け、そこからポリマーを押し出すと、その途端に互いがくっつき、糸断面形状は十文字になります(図表4-2-4参照)。
 このように様々な断面の形状が必要なわけは、天然繊維の断面の形状により近づけるためなのです。では、なぜそうする必要があるのかを、ナイロンを例にして話します。ナイロンは、絹に近い合成繊維を目指し、主に婦人用靴下に使われる目的で、1938年に作られました。初期のノズルの口金孔の形は、単純な円形でした。当然、そこを通ってできるナイロンの断面は、円形となります。そして、光沢については絹に近いものだったのですが、肌触りが違ったり、絹鳴(きぬなり)(絹布の擦れ合う音)が出ませんでした。その原因は、絹の断面の形状は、円形ではなく三角形に近いものだったからです。そこで、断面が三角形になるように、口金孔を開ける技術が開発されたのが、1960年代です。
 合成繊維づくりの当初の目標は、いかに均一な繊維とするかでした。丸い孔から、断面が正確に円形の繊維を、しかもむらなく押し出す技術の開発が中心でした。ところが、現在ではこれとは逆のこと、つまりいかに不均一な繊維を安定的に作るかを研究しています。それは、天然繊維の美しさは、その不均一性のなかにあることに気付いたからです。天然繊維は、例えば同じ絹でも、その太さは不均一です。にもかかわらず、これを染色すると均一に色が染まります。これが合成繊維だと、太さが違えば色の染まり方も違います。この『不均一なのだが、均一である』ことが、天然繊維の不思議さであり、人間がなかなかまねできないところです。」

 イ ミクロへの挑戦

 **さんと**さんの話が続く。

 (ア)ノズル製作の工程

 「複雑な形状の孔の製作は、まず円形の孔を開けることから始まります。そこで、円形の孔の開け方から説明しますと、これは金属板にマイクロドリルで開けていきます。マイクロドリルとは、一般の大工道具に見られる錐(きり)を極めて小型にした工具のことで、この工場には、その刃先の直径が0.04mmからのものがそろっています。そして、これらはすべて、一本一本人手で刃先を研磨して、使う目的に合った形状に整えていきます。刃先を旋盤に取り付けて、砥石で少しずつ削っていくのです。
 円形の孔の開け方は、例えば直径0.2mmの孔を金属板に開けるとすると、いきなり最初から0.2mm用のマイクロドリルを使うのではなく、0.18mmとか0.19mmというように、目的とする孔の直径よりも、刃先が若干小さいドリルを使って、まずそれで金属板に孔を開けます。刃先を取り付けた工作機械(穿孔機(せんこうき))を人間が上下させながら孔を開けるのですが、操作する人間の指先の感覚が、すぐに上げ下げの動きに伝わるように工夫されています。こうして開けた孔は、その縁が滑らかではないですから、それをきれいにするために、今度は0.2mmのリーマーと呼ばれる工具で整えていきます。この後、さらに滑らかにするため、目的の孔の直径と同じ大きさのものを、孔に押し込みます。これはポンチと呼ばれる工具ですが、押し込む時の摩擦によって、縁を滑らかにします。このように、数種類の工具を使いながら、一つの孔を開けていくのです。
 こうして開いた孔を、今度はどのようにして複雑な形状にしていくのかと言いますと、現在では、ワイヤーカット放電加工機という工作機械を使います。これは、金属板にタングステン製のワイヤーを貫通させ、それを電気のアーク放電(*9)で板を切りながら孔を広げていきます。例えば図表4-2-5のように、aの部分の幅がわずか0.07mmから0.1mmの孔を開けるとします。この場合、まず最初に、太さ0.03mmのワイヤーを通すために、直径0.04mmから0.05mmの孔を開けるのですが、これも、ドリルを使っての手作業です。しかし、ワイヤーカット放電加工機のような性能のよい工作機械が、一般に十分出回っていなかった昭和30年代後半ころは、直径0.04mmから0.05mmの円形の孔を連続して開けていくことで孔の面積を広げ、最後に鑿(のみ)で形を整えるという作業をしていたようです。従って、技術はいろいろと進歩してきてはいますが、ノズル製作の基本が、円形の孔をいかに上手に開けるかであることには変化がありません。」

 (イ)息づく人間の技

 「ドリルやリーマーなど、ノズル製作の工程で使われる工具のほとんどは、市販されていません。どこかの工具メーカーからまとめて購入してくるわけにはいきません。ですから、注文に応じた口金孔を作るための工具は、すべてここで作っています。一つの形の孔を開けるのに、工程は数十段階にわたります。ということは、使われる工具も数十種類におよぶわけです。そして、1種類の工具が会社に1本あるだけでは、到底仕事になりません。同じ種類の工具が何本も必要であり、しかも、それらはすべて均質でなければなりません。工具の品質にばらつきがあっては、孔の開き具合に差が生じ、それが製品の質を下げることにつながるからです。ノズル製作工程に掛かる時間の約半分が、こうした工具作りで占められています。
 『そんなに時間が掛かるのであれば、この工具作りの工程を機械によって自動化したら、均一のものが短時間で大量にできるではないか。』と思われるかもしれませんが、それは無理なのです。その理由は、第一に、作らなければならない工具が多種類ですから、その作り方を一つ一つ機械に覚え込ませるのに、これまた膨大な時間がかかること。第二に、機械で作られたままの工具よりも、さらにその刃先をちょっと磨くなどの人間の手が加わったものの方が、どういうわけか切れ味がよくて、かつ長持ちすることが挙げられます。ここが、もの作りの不思議さであり、また面白さでもあるんです。
 工具作りこそが、ノズル製作の命なのです。そして、人間が持つ微妙な感覚によって作られた工具が、最新鋭の工作機械に取り付けられ、互いの持ち味が生かされるなかで、精密加工に力を発揮しています。人間の技能なしでは、ノズルは絶対に出来上がりません。」


*5:それぞれの正式名称は、ナイロンがポリアミド、テトロンがポリエスル、アクリルがポリアクリロニトリルである。
*6:高分子を溶媒に溶かして作った紡糸原液をノズルから押し出した後、加熱筒内で溶媒を取り去る方法。
*7:高分子を溶媒に溶かして作った紡糸原液をノズルから凝固浴内に押し出すことで、繊維として固める方法。
*8:繊維を形成することができる高分子を細片状にしたもの。石油から作る。
*9:気体中での放電の1種。電極の1部が蒸発して気体となり、電流密度が究めて大きく、高熱を発して強く輝く。

図表4-2-3 溶融紡糸の工程図

図表4-2-3 溶融紡糸の工程図

**さんの原図により作成。

図表4-2-4 口金孔形状と糸断面形状との関係

図表4-2-4 口金孔形状と糸断面形状との関係

現在では、さらに多様な形状が開発されている。**さんの原図により作成。

図表4-2-5 口金孔の開け方

図表4-2-5 口金孔の開け方

矢印の方向にワイヤーを移動させて金属板を切りながら、望みどおり(形・大きさ)の孔を開けていく。**さんの原図により作成。