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愛媛のくらし(平成10年度)

(2)春めくころ

 ア さくら餅の季節

 立春も過ぎ、吉田の町が日に日に春めいてくるようになると、和菓子屋を営む**さんの店先にはさくら餅が並び始める。
 「さくら餅は2月の下旬ころから始めます。何となく春めいてきたからぼつぼつ始めるか、というような感じで、まあ、肌で感じると言うか、勘みたいなもんです。
 餅を包むのは、わたしとこの場合は、塩漬けにしたオオシマザクラの葉っぱを使っています。オオシマザクラがいいというのは、香りがいいからじゃないかと思います。葉は、すぐに餅を包める状態になっているのを材料屋さんから仕入れています。2月の初めころ材料屋さんに打診をして、あれば持ってきてもらいます。
 餅は道明寺粉(どうみょうじこ)(もち米を蒸して乾かして粉にしたもの)で作るんです。これも材料屋さんで買うんですけど、さくら餅以外にも使いますので、年中仕入れています。まあ、この時期になると、少し余分に仕入れるというくらいでしょうか。粉はいったん水にもどして、お砂糖などを合わしたシロップの中へもう1回つけ、翌日蒸してあんこを包むんです。あんこは、前もって練り上げたものを準備しています。昔は甘ければよかったんですけど、最近は甘みをおさえたものがいいといわれるようになりましたし、難しいものです。
 仕事にかかるのは朝の8時くらいからです。和菓子は『朝なま』いいまして、朝早く作ってその日に売ってしまう品物なんです。ですから、1日に作るのは40個から50個くらいで、その日に売れるというくらいしか作りません。また、それが売れてしまえばその日は終わりで、追い足しをするようなことはありません。なま物を扱っていますから、やはり神経は使います。それに、追い足しをすると、不思議にその分が残ったりするものです。
 昔だったら、裸で陳列したんでよかったんですけど、衛生面からのことでしょうね、今は和菓子はほとんど個装しとります。これは案外手間がかかるんですよ。それに包装紙代もかかりますんで。作業は女房と二人でやっていますから、朝の一時(ひととき)はばたばたします。
 店頭に初めてさくら餅を並べた日は、お客さんから『さくら餅の時期になったなあ、ほんとよ、春が来たなあ。』などという声が聞かれます。逆に、お客さんの方から『もうぼつぼつさくら餅が始まるんやないかな。』というような催促の声が出ることもあります。いつまでもさくら餅というのも変ですから、4月いっぱいくらいで切って、季節感を失わないようにしています。
 日本は四季があるでしょう。だから、和菓子の場合は、花鳥風月じゃないですけど、季節の移り変わりにはやはり神経を使いますわいねえ。同じ材質を使っても、春は桜にしたり、秋は紅葉にしたり形を変えられますので、そういった面で季節感を出していくようにしています。日本人にはやっぱり侘(わ)び寂(さび)(質素で落ち着いた趣)というものがいると思います。なんによらず、そういった気持ちを持っておかないといけないなあという気がしますけどねえ。」

 イ 書店の店先から

 3月から4月にかけては、年度が変わる季節であり、卒業、退職、入学、就職等、人生の大きな節目になっている。ここでは、書店、文具店の店先からそうした季節や世相の移り変わりを見つめてきた**さんの話を通して、吉田のくらしの一端を探ってみた。
 「本屋のくらしというのは、一年中ほとんど同じです。文房具などもやっていますので、店を開けるのはだいたい8時ころで、閉めるのは夜の8時ころです。長時間労働で、もうけは少ないですけど、本さえ好きだったら、商売としてはええと思います。
 月刊誌や週刊誌は入荷のサイクルが決まっていますので、届くとすぐに店に並べます。と同時に、いらない分はすぐに返品します。返品はすぐにやらんといけんので、忙しいです。取り寄せる冊数は、予約分とあと予備を少々という感じです。だから、毎月だいたい決まっています。できるだけ返品を少なくしないと割があいませんからね。倉庫に在庫があるなどということはありません。
 単行本はほとんどが注文です。最近はええ本や難しい本は売れんようになりました。商売ですから、店先に並ぶのはどうしても売れる本となりますので、最近は漫画が多くなりましたし、文庫でいえば推理物などですね。今は本もポイ捨ての時代ですから、あとあとまで本立てに立てておくような本は少なくなりました。
 都会の方でよう売れる本はこちらまでなかなか回って来ません。話題本なども、都会だとすぐに店頭に並ぶんですが、うちらに来るには2、3週間かかりますので、それまでにブームが覚めてしまってます。どうしても読みたいという人には、よその店で仕入れてお届けしていますが、急ぐ人は松山まで買いに行かれるようです。やはり、本は、読みたいときにすぐに手に入るのでないと、新鮮さがなくなりますからね。そのあたりにも今の時代に地方で本屋をすることの大変さがあるように思います。吉田みたいな人口が1万3千人くらいの町では、本だけでは商売にはなりません。うちらも、事務機なんかも置いているのでやっていけるんだと思います。でも、やっぱり本がないとつまりませんね。
 文房具も変わりましたなあ。昔は万年筆がけっこう出よりました。中学か高校の入学祝いにはたいてい万年筆を贈りよりました。今でもええのを並べているんですけど、たまに年配の方が買われるくらいでほとんど出ません。万年筆の字は大きさや濃淡に変化が出ますから、味がありますし、何かあったか味があるんですけどねえ。今はボールペンです。使い捨ての時代を反映しとるんでしょうか。万年筆は、名前からして、物を大事にしていた時代の産物なのかもしれません。そんな時代の変化を店先で感じます。インクも売れません。インクビンなどもありますけど、全然出ません。
 鉛筆も出ません。使うのはせいぜい小学生の間くらいです。鉛筆の字も味があるんですけどねえ。昔は短くなると、真ちゅう製のキャップ(補助具)をしたりして使いよりました。こちらも今はシャーペン(シャープペンシル)ですが、字に個性がない。その人の味がないですね。もっとも、味という言葉自体がもう古いですわいなあ。今は、そんなことは問題にならなくなってしまったんでしょうなあ。」