データベース『えひめの記憶』
久万町誌
2 上浮穴郡内の合併(第二次合併)
農業・農村をめぐる急速な環境変化に伴い、組合員の農協に対する要求は多様化し、なかでも経済的要求が強くなった。これらにこたえるため、組合員の所得増大と、利益擁護をめざし、昭和四五年二月(一九七〇)県内一二農協構想にのっとり、上浮穴郡内一農協を目途に合併研究会を発足、検討が行われた。
しかし、昭和四七年(一九七二)地理的条件等を理由に小田町が脱落、残る四農協によって合併促進協議会を結成した。その後、地域毎に組合員の決議を行い昭和四八年七月一日(一九七三)久万農業協同組合として発足した。組合の機構は、三部(総務・金融・業務)八課・九支所六出張所で出発した。
組合長理事 土居 寛 昭和四八年~昭和五○年
坂本 素行 昭和五○年~昭和五一年
西森 勧 昭和五二年~現在
専務理事 西森 勧 昭和四八年~昭和五一年
伊藤 忠興 昭和五二年~昭和五七年
舘野 義行 昭和五八年~現在
常務理事 重見庄三郎 昭和四八年~昭和四九年
高木 秀雄 昭和四八年~昭和五一年
日野 直親 昭和五二年~昭和五七年
合併時の本所は、旧久万町農協本所に置き、その後昭和四九年五月(一九七四)より現在の場所に移転した。広域合併後一五年を経過したが経済の進歩はめざましく、金融事業のオンライン化、電算機の導入による事務の迅速、効率化をはかるなど、経営改善に努めると共に育苗施設の充実、ライスセンターの建設、野菜集荷場、トマト選果場、冷蔵施設の設置等、高原野菜の産地化へ向け町村、行政が一体となり地域の農協としての基盤確立に努めている。