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えひめ、昭和の記憶 ふるさとのくらしと産業24-松山市②-(令和5年度「ふるさと愛媛学」普及推進事業)

2 子どものころの記憶

(1) 子どもの遊び

ア 道路で遊ぶ
 「私(Eさん)が子どものころ、この辺りには子どもが遊べるような公園がなかったので、ふだんは道路で遊んでいました。ただし、商店街の通りはお客さんでにぎわっていて、『こんなところで遊ぶな。』と怒られるために遊ぶことはできませんでした。商店街の周辺には、舗装されていないせこ道(狭い道)が多くあり、そこで泥遊びをしたり、こま回しやビー玉遊びをしたりして遊んでいました。少し外れのほうに行くと、道幅が広い道路があり、そこでは三角ベースをして遊んだことを憶えています。」
 「昔の子どもは公園がなくても、少しでも広い場所を見つけたら、自分たちで工夫して遊んでいたと、私(Bさん)は思います。」
イ ラジオ体操
 「私(Dさん)が子どものころ、この辺りには公園がなかったので、夏休みのラジオ体操は、町ごとに道路の少し広い所に集まってしていました。住吉1丁目の子どもたちは、住吉橋の辺りでしていたことを憶えています。最近はラジオ体操をしていると、近所から『音がうるさい。』などの苦情があるそうですが、当時はそのようなことは一切ありませんでした。」
ウ 宮前川で泳ぐ
 「私(Dさん)が幼いころ、子どもたちが住吉橋付近の宮前川で泳いでいたことを憶えています(写真1-2-2参照)。当時の宮前川も少し汚れていましたが、子どもたちは、あまり気にせずに泳いでいました。」

(2) 梅津寺の思い出

 「私(Eさん)が子どものころ、夏は梅津寺の海岸でよく泳いでいました。梅津寺では水泳学校が開かれており(昭和24年〔1949年〕から昭和63年〔1988年〕まで)、三津浜以外からも多くの人が泳ぎに来ていて、納涼台などがあって大変にぎわっていました。現在、梅津寺の海岸は海水浴場水質検査が行われておらず(平成22年度〔2010年度〕から行われず)、海水浴場は開設されていません。」
 「私(Dさん)が幼いころ、4月4日の節句の日に弁当を持って梅津寺に行きましたが、多くの子どもでにぎわっていたことを憶えています。この辺りからだけではなく、電車に乗って多くの人が梅津寺に来ており、それこそ芋の子を洗うようなにぎわいでした。残念ながら梅津寺パークは閉園しましたが(平成21年〔2009年〕)、その際に入園料が無料となり、孫を連れて行ったことはいい思い出です。」
 「梅津寺には子ども会の歓送迎会や遠足でよく行っていて、花見をしたり潮干狩りでアサリをとったり遊園地で遊んだりしました。梅津寺には松林が広がり、遊園地以外にも宿泊施設やしお湯の温泉、料亭などがありました。山には桜があって観光リフトもあり、大変にぎやかだったことを、私(Cさん)は憶えています。平成3年(1991年)には、梅津寺駅のプラットホームがテレビドラマ『東京ラブストーリー』のロケ地となっています。現在の梅津寺には梅園、みきゃんパーク、愛媛FCのグラウンドがありますが、かつてのにぎわいを知る者としては寂しく感じます。」


参考文献
・ 愛媛県『愛媛県史 地誌Ⅱ(中予)』1984
・ 愛媛新聞社『愛媛県百科大事典 下巻』1985
・ 伊予鉄道株式会社『伊予鉄道百年史』1987
・ 角川書店『角川日本地名大辞典38愛媛県』1991
・ 公益財団法人えひめ地域政策研究センター『調査研究情報誌 ECPR 2020 No.1 Volume45』2020